「世界のニュースから」第35号 ~Solo culture~

「世界のニュースから」第35号 ~Solo culture~

~このコーナーでは言葉や文化の違いをテーマとして世界で起こっている興味深いニュース 記事をピックアップしていきます。~

Solo culture?

訪日外国人が興味を持つ日本文化についてあれこれと探ってきましたが、日本が一人旅にとても適しているという声がネット上の記事でよく見られます。もっぱら英語が通じにくい国と言われ続けてきたのに(笑)、外国人が一人旅をしやすいとはどういうこと?と思ってしまいますが、どうも言葉の障壁をものともしない日本ならではの「おひとり様文化」が一人旅に一役も二役もかっているようです。今回はこの日本の「おひとり様文化」についてお話してみたいと思います。

言われてみれば、という感じですが、日本ならではの”おひとり様”を挙げてみると思いの外たくさんあることに気付きます。
アクティビティではひとりカラオケはすっかり定着していますし、昨今ソロキャンプという言葉もよく耳にしますね。また飲食ではひとり鍋、ひとり焼肉ができるお店もあり、牛丼やラーメン、蕎麦などのファーストフードチェーン店もカウンター席が主流でおひとり様向けと言えます。訪日外国人に人気のラーメンの一蘭などはまさにおひとり様向けにしつらえてありますね。
その他、マンガ喫茶やカプセルホテルといった日本特有のサービスもおひとり様がターゲットです。また住居では東京のワンルームマンションの割合は他の世界の大都市と比べて抜きん出て高いそうですが、これもおひとり様需要あっての現象ですね。どんなに狭くても自分だけの空間が欲しい、シェアルームはちょっと、、、というところでしょうか。また、もう40年以上も前になりますが、”音楽を持ち歩く”というコンセプトで登場し世界を席巻したソニーのウォークマンも日本ならではの発想から生まれたおひとり様商品と言えます。また身近なところではスーパーでは一人用の食材、惣菜が小分けされて販売されているのも海外ではあまり見られないと聞きます。こうして見ると確かに日本は”おひとり様”に溢れていると言えそうです。

思い返せば個別に仕切られた一蘭のラーメン店のニュースを初めて見た時、筆者などは何も仕切りまで設置しなくても、と思ったものですが、これは”おひとり様”サービスをとことん意識した一蘭の戦略だったのかと思い直しているところです。
ところで皆さんは一人で外食することに抵抗ありますか?これはかなり個人差があると思いますが、私事で恐縮ですが、筆者はひとりご飯に全く抵抗はなく、若いころ会社勤めをしていた時は一人でよくお昼に行っていました。もちろん周りの人と一緒に行くこともありましたが、ひとりだろうが一緒だろうがそのことに対して周囲も気にするような雰囲気はなく筆者にとっては居心地のいい職場だったと言えます。そしてそれは日本ではそれほど特別なことではなくどこにでも誰にでもあることではないかと思っています。

ところが今回日本のおひとり様文化について色々な記事を見ていく中で、こうした一人でいることに対する感覚が海外ではかなり違ったものであり、日本の”おひとり様”文化は結構特殊なものだということが分かってきました。

例えば欧米ではカップル文化とも言われる社交の文化があり、特に食事をするときなどはカップルで行くのが基本とされているようです。もちろんお店の種類やT.P.O.により色々なケースはあるでしょうが、元より”社交”という欧米ならではの文化圏ではパートナーと一緒ではじめて一人前、成人として認められるところがあるように思います。子どもたちは年頃になるとパートナーを見つけパーティに参加します。アメリカの青春映画ではお決まりのシーンですが、筆者などはただただ、自分の学生生活との大いなるギャップにまさに異文化の世界を一種憧憬の眼差しで見ていたものです 笑。学校自体がパーティを主催するそうですから、社交界デビュー、言い換えれば社会で大人として認められるための第一歩を学んでいたと言えますね。

とは言え世の中の多様化が重視される現在、カップルでいるという大前提にも変化の兆しはあるようです。またカップルという定義そのものも一元的に捉えられるものではなくなっているようです。欧米の”社交”のあるべき姿も時代と共に変化せざるを得ないのではないでしょうか。

またアジアでは食事は大勢で賑やかにすることが大前提という食文化が基本のようです。特にお隣の韓国ではそのことに対して確固たる信念があり(笑)、そもそもお店にひとり席やカウンター席というものが少なく、一人前というオーダーもしづらいと聞きます。料理も大皿で出され皆でシェアするという形が主流のようです。そして何よりも一人で飲食店で食べようものならかなり奇異な目で見られてしまうそうです。よほど友だちがいないと思われるか、奇人変人と思われるか、いずれにしても相当覚悟して臨まないといけないようです 笑

日本の牛丼は韓国人旅行客にもとても人気があるそうですが、韓国に出店した吉野家が撤退となった理由のひとつに、この一人で食べるスタイルが韓国の食文化に馴染まなかったのではないかとも言われているそうです。
また、台湾に住む日本人女性のブログのエピソードを目にしたのですが、毎日一人でお昼をとっていたらお店の主人が「一緒に食べる友だちがいないのなら誰か紹介してあげようか」とさも気の毒そうに言ってくれたというくだりがあり筆者も思わず笑ってしまいました。その日本人女性は一人で食べたいだけだから大丈夫と丁寧に断ったそうですが、お店の主人は変な顔をしていたそうです。それこそ奇人変人?と思われてしまったのかもしれません 笑

ここで筆者の拙い経験談を挙げさせていただくと、随分前のことですが、アメリカの白人主流のある田舎街で数日過ごしていたとき、地元ではちょっと洒落たレストランがあり勇気を出して行ってみたのですが、店内は明らかにファミリーとカップルで埋め尽くされ大いに賑わい熱気ムンムンといった状態です。いかに一人でも気にしないたちとはいえこれは入りづらいと思ったものでした。すると不憫に思ってくれたのか(笑)ウェイターさんがバルコニーにある一人で過ごしやすいテーブルを案内してくれました。その計らいには感謝しつつも果たして彼の真意は?地元でほとんど見かけないアジア人の片言英語の若い女性が夜一人でひょこり現れたのですから、さぞ不気味(weird)に思ったことでしょう 笑

社交文化が根付いている欧米での”おひとり様”に対する反応、複数で賑やかに過ごすのが当たり前とする韓国をはじめアジア諸国の”おひとり様”に対する反応、食事の取り方だけを見てもどうやら日本の”おひとり様”はかなり特殊な現象と言えそうです。

「孤独のグルメ」という番組が人気を得ましたが、この番組がお隣韓国でもかなり人気があるそうです。先ほど述べたように食事は大勢でワイワイ賑やかにするものだと確固たる信念で思い込んでいた、、、蛇足ですが、この”思い込み”の強さ、ちゃんとした言葉で言うと”観念”で生きる韓国の文化風土と、故・司馬遼太郎氏が愛情を込めて言っていたのをここでふと思い出しました 笑、、、話を元に戻しますと、そんな韓国の人々にとって一人でぶらっとお店を訪れただひたすら吟味しながら食する様子を映像化したドラマというのは私たちが思う以上に新鮮な驚きと映ったようです。そしてその驚きは食の魅力もさることながら”一人で食する”というところにあったようです。また、そのお店が実在するということも手伝って同じお店に行って同じものを食べてみようと来日する人もいるようで、”一人で食べる”というまさに異文化体験をしにくるのです。こんなに近い国で文化的にも影響し合ってきた歴史があっても文化風土に大きな違いがあるのはとても興味深いことだと改めて思いました。

元々この”おひとり様”という言葉が注目されたのは1999年にジャーナリストの故・岩下久美子さんという方が女性の自立という観点から使い始めた言葉だそうですが、その後意味が広がり、女性に限らず一人でお店に行くことや一人で何かをすることを指すようになり、少子高齢化、非婚率の増加といった現象とも相まって現在では様々な”おひとり様”サービスがビジネスとして成立するようになりました。

しかしこうした現代の社会現象として突如日本に「おひとり様文化」が生まれたのかと言いますとそういう訳ではないようです。
江戸時代に遡りますと、当時の江戸も独身男性で溢れていたそうです。長男は家を継ぐ者として残されますが、残された兄弟はそれぞれ奉公に出されるのが常であったため結婚して世帯を持つというのはかなりハードルが高かったという社会背景がその理由の一つとも言われています。他にも様々な要因があったにせよ江戸時代の男性余り現象は確かにあったということですので今の日本社会と似た構図と言えます。

独身男性で溢れる江戸の町では寿司、蕎麦、うどん、天ぷらなどの屋台が大いに流行り、今でいうファーストフードですね、現在の”おひとり様”食文化がすでに江戸時代から始まっていたというのですから興味深いですね。そう言えば池波正太郎の鬼平犯科帳などに出てくるシーンを思い浮かべると、どこかの居酒屋でひとり一杯やってるか、屋台で何かをつまんでいるイメージばかりではないですか? 笑。ちょっと一杯ひっかけに気軽に立ち寄れる居酒屋文化、お酒を頼むとおつまみがついてくるなども江戸時代の鬼平の世界から引き継がれてきた食文化だそうです。なかなか奥が深い日本の「おひとり様文化」ではありませんか。

欧米やアジアでレストランで一人で食事をすることに対するネガティブさは周りからどのように見られるか、それは”being isolated”と思われることをとても恐れているからと言います。ところが日本のレストランで一人で食事をするとそれは”being isolated”ではなく、ただ”being alone”であるだけのことだと言います。”being alone”には自分の好きにできる自由があり目の前のことに集中できる時間と空間がある、そのように唱える記事を見かけましたが、なるほどな、と思いました。

”being isolated”ではなく”being alone”、日本語で言うと「孤立ではなく一人でいる」? もう少し説明が必要ですね。ここで言う”isolated – 孤立”には社会から断絶されているというとてもネガティブな意味を連想しますが、”alone – 一人でいる”という言葉には物理的に一人でいるだけであって社会との間を行ったり来たりできるゆるやかさがあるということだと思います。

現在のSNS社会では一人でいながら様々な形で社会とつながることができます。SNS社会以前では確かに学校や職場、家の近所という実生活での強いつながりがありましたが、別の見方をすればそこしかなかったとも言えます。ですのでひとたび学校が変わる、職場を離れる、違うところに引っ越すとなると、途端に社会との繋がりが途絶えいわゆる”being isolated”の状態に陥りやすくなってしまうとも言えます。
会社で猛烈サラリーマン(死語? 笑)として働いていたお父さんが定年した途端、自分との繋がりが何もなくなって腑抜けてしまうといった現象はもしかしたらSNS時代以前の方が多かったかもしれません。とは言えそこは日本には”おひとり様”文化が根付いているのですから、”孤立”ではなく”ひとり”で過ごしやすい社会として少なからずバランスが保たれていたのではないでしょうか。

ちなみにアメリカのマーク・グラノヴェッターという社会学者が1973年に提唱した”The strength of weak ties”という社会的ネットワーク理論があるそうです。家族や会社、親しい友人といった”強いつながり”よりもちょっとした知り合いといった”弱いつながり – weak ties”から得られる情報がより有用である、という理論です。まさに現在のSNS時代にあって”ひとり”でいても社会の様々なチャンネルと”weak ties”で繋がることによって私たちは”孤立”から逃れることができるのではないでしょうか。強い繋がりと弱い繋がりを上手にバランスよく操ることが現代社会をストレスなく生き抜く鍵なのかもしれませんね。

さて、日本の「おひとり様文化」についてつらつらと筆者目線で述べさせていただきましたが、東京がいかに一人旅に向いているかベタ褒めしている(笑)記事を最後にご紹介して終わりたいと思います。

15 Wonderful Ways That Make Tokyo Perfect For Solo Travel

記事の筆者はシンガポール人の女性です。同じアジア圏でも日本の文化風土、都市で言えば東京の文化風土は他国と全く違うと述べ、彼女にとっては日本、特に東京は一人旅天国と映ったようです。一人向けサービスが充実していることはもちろんですが、特に女性にとっては日本が安全であればこそと言えるかと思います。あと忘れてならないのが綺麗なトイレがどこにでもあるということですね 笑

訪日する外国人の方々が日本の「おひとり様文化」を体験し、そうか私は”isolated”なのではなくただ”alone”なだけで、そしてそれはなんて自由で楽しいのだろう!と気づいてくれたら、それはそれで素晴らしい異文化体験なのではないでしょうか。
そんなことを思った今回のテーマでしたが皆さんはどのようにお感じになられましたか?

それでは、この辺で終わらせていただきます。

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