「世界のニュースから」第33号 ~Washoku~

「世界のニュースから」第33号 ~Washoku~

~このコーナーでは言葉や文化の違いをテーマとして世界で起こっている興味深いニュース 記事をピックアップしていきます。~

Washoku

2023年の幕開けとなりました。何かと暗い話題が多くなりがちな昨今ですが、そんな中、外国からの日本への観光客がコロナ前の勢いを取り戻しつつあるのは明るい話題ではないでしょうか。それはとりもなおさず日本に対する関心がますます高まっていることの現れと言えそうです。2021年の世界経済フォーラムによる世界魅力度ランキングで日本が初めて1位を獲得したことも嬉しいニュースでした。また最近ではニューヨーク・タイムズ紙が発表した2023年に行くべき都市52選の中に岩手県の盛岡市がロンドンに次ぐ2位で選ばれたことが驚きの話題となりました。東京、大阪、京都といった有名な都市だけではなく海外の視線は日本のローカル都市にまで向けられていると言えそうですね。

そこで今回から数回にわたって外国人の目に映る日本の魅力がどんなところにあるのか、そして特に言語文化の視点でどのように影響し合っているのか考えていきたいと思います。
まず第1回目は日本の食文化を取り上げてみました。

日本の食文化は2013年に「和食;日本人の伝統的な食文化」”Washoku”としてユネスコ無形文化遺産に登録されたのは皆さんもよくご存じのことと思います。”Washoku”という言葉も今や海外でも通用するようになり、また「旨味」や「出汁」といった言葉も”Umami”, “Dashi”として定着しつつあります。
また無形文化遺産登録により和食に対する関心がさらに高まった結果、海外の日本食レストランが増え、日本食材の海外への輸出も大きく増加しているそうです。日本酒が”Sake”となって海外に多くのファンを持つようになりました。日本の酒蔵で修行した後、自国に酒蔵を造り日本酒を広めようと活動する外国人の話題もニュースで見聞きするようになりました。
こうした中で日本に観光だけでなく食を求めて訪れる外国人も当然増えてきているわけですが、ひとたび和食の魅力を発見した外国人観光客が再びリピーターとして日本を訪れるようになるのに、日本の食文化の存在は十分その役割を果たしていると言えそうです。

ユネスコ無形文化遺産として申請する際に日本政府が掲げた和食の4つの特徴を下記にご紹介しておきます。

1. Esteemed regard for the inherent flavours in diverse and fresh ingredients
(多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重)
2. Nutritional balance to support a healthy diet
(健康的な食生活を支える栄養バランス)
3. Expression of the beauty of nature and the changing of season
(自然の美しさや季節の移ろいの表現)
4. Closely related to annual events like New Year
(正月などの年中行事との密接な関わり)

来日する外国人観光客のグルメ動画などを見ていると、多くの外国人が日本食の食材の豊富さ、様々な料理方法や味付けなど、その多様性に驚き、またその美しい盛り付けに感動しています。美しい盛り付けのためには食材を損なうことなく切るための包丁や様々な調理道具の技術が必要であり、美しく盛り付けるための食器もまた様々な伝統技術や文化を背景に生まれてきたものです。美味しそうにまたリアルに見せるため店頭にディスプレイされる食品サンプルが海外からの観光客に人気のお土産にもなっていますが、これも豊かな食文化があればこその現象ではないでしょうか。また、狭い国土にありながら北から南まで地域によって実に様々な食文化が発達しており、季節ごとの行事と食が密接に結びついているのもユネスコ無形文化遺産に登録された項目にあるように日本の食文化の大きな特徴と言えます。
私たち日本人にとってはごく当たり前と思っていたこうした食文化がグローバルな視点で豊かで魅力溢れるものであると評価されるのはとても誇らしいことですね。

日本の食文化がグローバル化している現象として先述の「旨味」という味覚が挙げられます。西欧で今まで認知されていた味覚、Sour, Salty, Bitter, Sweetの4つに”Umami”という5番目の味覚が新たに加わったということですから、これはとても画期的なことですね。
旨味の元となっている「出汁」も同様に食に対する新しいグローバルコンセプトととして受け止められつつあります。
この5番目の味覚、”Umami”について詳しく述べられた記事がありましたのでご紹介しておきます。

Umami: The 5th Taste, Explained

豊かな食文化があるということは豊かな食に関する言語文化があるということです。
ある調査によると英語には130余りの食感に関する表現があるそうですが、日本語にはなんと445の表現があるとのことです。これはこのコーナーでも取り上げた日本語のオノマトペの存在が大きく影響していると思われます。
例えば英語でよく聞く”crunchy”という一つの表現に対して、日本語ではおせんべいだと「パリパリ」、もっと硬いものやお焦げのようなものには「カリカリ」、新鮮な生野菜には「シャキシャキ」、他にも「サクサク」や「ザクザク」などさらに細かな使い分けがされています。ということは日本人の食感がより繊細に細かく感じ分けているということが言えるかと思います。
では、そうした日本語の食感に対する表現について書かれた記事をご紹介します。外国人の方に日本食について説明するときにも役に立つような、そんな内容となっています。

Japanese Words To Describe Food Textures

ここで余談ではありますが、筆者が個人的には今後グローバルでちょっとした意識革命(?)が起こるのではないかと思っていることで、お蕎麦をすする日本の食文化について少し触れてみたいと思います。
日本語には上記のように豊富な食感に関する言葉があり、それだけたくさんの食感を使い分けていることは”crunchy”の例でも述べました。その視点からお蕎麦をすするという食文化も考えられるのではないかと思うのですが、皆さんどう思われますか?
お蕎麦はすすって食べてこそ美味しいのである、と考えるのは豊かな食感を持つ日本の食文化ならではの現象ではないかと思うのです。
ここに「喉ごしがいい」という食感を表す日本語ならではの言葉が登場します。これはビールなどにも言えますが、夏は特に蒸し暑い日本ではキンキンに冷えたビールをゴクゴク飲むのがいいですよね。それは喉ごしの良さを味わっているからだと思います。お蕎麦もよく喉で食べると言われているようにツルツルっと喉を通っていく心地よさと風味を味わっています。なのでモグモグ食べていてはその心地よさを味わえませんし、見た目にも美味しそうに見えないのです(日本人には 笑)。
また、お蕎麦やうどんなどは温かいものもあれば冷たいものもあり、熱々の鍋焼きうどんをフーフーしながらすすって食べるのは寒い冬ならではの光景として私たちに馴染んでいます。いくら食べやすくても生ぬるい鍋焼きうどんは食べたくないですよね。熱々のうどんをすすることで空気を含ませ口元で冷ましながら食べるからこそ美味しいのではないでしょうか。この熱いものは熱く、冷たいものは冷たく食べる感覚も日本独特の食へのこだわりではないかと思っています。
先ほど出たビールの話ですが、ヨーロッパなどであまり冷えてないビールを飲むと聞くことがあります。これは決して冷えてないわけではなく日本ほどキンキンに冷えたビールを求めていないだけであって程よく冷えたビールを飲んでいるそうです。気候の違いも影響していると思いますが、喉ごしにこだわる日本ではビールに対してもキンキンに冷えたビールを好みますが、最近流行っている地ビールと呼ばれるクラフト系のビールは喉ごしではなくじっくり味わって飲むため程よい冷たさが良いとされていますね。
というわけでお蕎麦の話に戻りますが、「喉ごし」という食感に気づいていない外国人の目にはお蕎麦をズルズル音を立てながらすすって食べるのはただただマナーが悪い、unbelivable!と映ってしまうわけですが、確かに音だけ聞いたらとんでもないと思う気持ちは筆者にもよく分かります。もう数十年も前のことですが、出張で来ていたアメリカ人と東京都心のちょっとお高めのお蕎麦屋さんでランチとなったのですが、見るからにキャリアウーマンといった風のスーツをビシッと決めた中年の女性がお蕎麦を軽快にすすって食べているのを見て目を丸くしていたのを思い出します。気を遣って何も言いませんでしたが、その驚きの目が全てを物語っていました(笑
当時は日本食が今のように世界の日常食として受け入れられるような存在ではなく、あくまでも東洋のミステリアスな食べ物として珍しがられる存在で、日本食が好きだなどという外国人は日本通を気取るような風潮でしたから、実際のリアルな日本食カルチャーに触れた当時の彼の驚きは今よりずっと衝撃的だったと思います。まさにカルチャーショック‼︎そのものですね。
時が経ち、今や海外でも回転寿司やラーメン、うどんは大流行り、天ぷら、すき焼き、高級鉄板焼きだけではない日本の様々な”食”が海外の日常生活の一部となってきています。
ですので外国の方がひとたびこの「喉ごしを味わう」という新たな食感に気づいてくれたら、お蕎麦をすする食文化も理解されるようになるのではないかと思うのです。そしてこの「喉ごし」文化が先に述べた”Umami”や”Dashi”のようにグローバルで”Nodogoshi”として認知される日も近いのではないかと思っている次第ですが、あくまでも筆者個人の見解ですのであしからず(笑

とはいえこれで締めくくる訳にもいきませんので、もっと信頼できる記事はないかと探していましたら、”Soba”の魅力を深く語るアメリカ人の記事を発見しました。しかも”Nodogoshi”についても大いに語っているではありませんか(笑
短編読み物としても面白い内容となっていますのでここにご紹介しておきます。

Soba, I’m Sorry

記事では「喉ごし」のことを”good feeling in the throat”と表現し、また以下のように日本人と西洋人の味覚の味わい方の違いについて述べています。

“In Western culture, eating is heavily defined by the experience of taste and texture. But for the Japanese, eating goes beyond just the gustatory sensations in the mouth and includes also the olfactory and post-mastication sensations of food gliding down the throat, through the esophagus, and finally settling in the belly. Nodogoshi is essentially an undefined, extrasensory feeling that is triggered by taste, aroma, and touch simultaneously during food or drink consumption.”

日本人の感じる喉ごしは味覚だけではない香りや食感を喉から食道を通って胃に至るまでを味わうという、その感覚を”extrasensory”(超感覚)という言葉を使って説明しているあたり、もはや日本人は超能力者か、といった感で面白いですね。

さて、日本の「和食」文化について主にその食感の豊かさという視点からお話しして参りましたが、皆さんはどうお感じになりましたか?
日本にはまだまだ魅力溢れる独自の食文化、例えば味噌や醤油などの発酵食品の文化も豊かですから今後もますます世界へと発信し続けていくのではと期待を寄せています。
もしかしたらアメリカ人の朝の食卓に納豆と味噌汁と焼き鮭が登場する日が来ることがあるかもしれませんね(笑

では今回のお話はこの辺で終わりにしたいと思います。

世界のニュースからカテゴリの最新記事