~このコーナーでは言葉や文化の違いをテーマとして世界で起こっている興味深いニュース 記事をピックアップしていきます。~
High Context vs Low Contextから見る異文化間コミュニケーション
前回の記事で日本語のピッチアクセントについて外国人日本語学習者視点でご紹介し、発音自体は難しくないと言われている日本語の思わぬ落とし穴についてお話ししました。また会員向け記事では、英語話者にとっての日本語の難しさを日本語と英語が共通するところがほとんどない真逆の言語であるハイコンテクストvsローコンテクストの視点からご紹介しました。
そして今回は、このハイコンテクストvsローコンテクストの視点から異文化間コミュニケーションにまで視野を広げて考えてみたいと思います。
ここでハイコンテクスト、ローコンテクストについて簡単におさらいしておきます。コンテクストは”context”、直訳して「文脈」という意味です。日本語は世界の言語の中でも最もハイコンテクストな言語であると言われています。こうしたハイコンテクスト、ローコンテクストという言葉を初めて使用して紹介したのがアメリカの人類学者Edward T. Hallです。Hall氏による著書”Beyond Culture”では日本を例にあげ、ハイコンテクスト言語文化でいかに”文脈”によってコミュニケーションが成立しているか述べられています。
“文脈”、言い換えれば”その場”という共通する文化背景や価値観、習慣、そうしたものを前提として、会話をするときは相手に応じて必要な情報を判断し”その場”に合った言葉を選んで発します。分かりきっていることは言わないコミュニケーション、相手との関係、立場で流動的に変化するコミュニケーション、相手にこちらの意とするところを委ねるコミュニケーション、これらが最もハイコンテクストな言語である日本語の大きな特徴と言われています。同じことを伝えるのにも相手との関係で言葉が様々に変わるのは尊敬語や謙譲語の発達にも表れています。また、京都でお茶をもう一杯勧められたら、それは「そろそろ終わりにしませんか」を意味するというのはよく聞かれる話です。日本の中でも最もハイコンテクストなコミュニケーションの例のひとつと言えそうですね。いわゆる”空気を読む”文化です。お互いが暗黙の了解事項としていることは察し合いながら物事をスムーズに運びできるだけ争いごとを避けるという長い歴史の中で培われたコミュニケーション文化と言えます。こうした暗黙の了解事項という言葉そのものを介さずに成立するコミュニケーションは外部から来たものにとっては何のことかまったく分からず、疎外感を感じてしまうかもしれません。現代の京都でこのお茶のやり取りが実際に日常的に行われているかは定かでありませんが、私たちにはこうした暗黙の了解という心理が必ずどこかにあるものですね。そしてこの暗黙の了解事項がハイコンテクスト、すなわち”文脈に依存する”言語文化なのです。
対極をなすのはローコンテクスト言語で英語や北欧言語はそのグループに属しますが、最もローコンテクストな言語としてはドイツ語が挙げられています。コミュニケーションは発せられる言葉でのみ成立させるというのが基本であり、またどのような価値観や社会的背景があれ、基本的に同じ情報量の言葉でコミュニケーションするのがローコンテクスト言語です。そこにはハイコンテクストの”文脈”ではなく、正確で明確な情報を伝えるべく厳格な文法の”型や格”が存在します。皆さんもよくご存じの男性名詞、女性名詞、中性名詞などというのは私たち日本人からすると全く異次元の文法であり学習するうえでも大きな壁となりますが、こうした言葉に”型や格”を持たせ最大限の情報量を言葉そのものに委ねるのがローコンテクスト言語の最大の特徴と言えます。
ではここでローコンテクストの代表とも言えるドイツにおけるコミュニケーションのあり方が述べられた記事をご紹介します。
この記事を読んでいて興味深いのは日本語とドイツ語は言語の特性から見るとハイコンテクスト、ローコンテクストの全く相反する特徴を持ち合わせていますが、いわゆる日本人気質、ドイツ人気質という点で見ると共通するところが他の欧米諸国よりも多いのではないかということです。例えばドイツ人も日本人も生真面目でコツコツ粘り強く物事をこなす職人気質があることはよく言われているところです。またオーバーなジェスチャーを好まず相手との距離もある程度置いてコミュニケーションを取るところなども共通していますね。ドイツと同じローコンテクスト文化圏とされる他の欧米諸国では挨拶でハグを交わしたりボディランゲージや表情豊かにコミュニケーションをとり相手との距離も近いので同じローコンテクストでもそのコミュニケーションの実際は大きく異なっていることがわかります。
このようにハイコンテクスト、ローコンテクストが世界の言語、文化、社会のあり方を考えるうえでのひとつの指標とはなっていますが、ハイコンテクスト、ローコンテクストで世界が二分されるものではないというところは十分留意しておくべき点です。ハイコンテクストに入る国はこうである、ローコンテクストに入る国はこうであると二者択一的にステレオタイプに捉えてしまってはCross cultural communicationを考えるうえで本末転倒となってしまいますね。
ハイコンテクストな要素が特に多いと言われている日本でもローコンテクストな考え方、捉え方もありそれらが複雑に絡み合って社会や文化が形成されていると言えます。ハイコンテクスト、ローコンテクストは物事を二分するための指標ではなく、文化や社会をどう捉えるかその視点のひとつとして提示されているのだと改めて強調しておきたいと思います。
ではここで、Erin Meyeというアメリカ人研究者が提唱したカルチャーマップを軸に学術的視点で異文化間コミュニケーションについて述べられた論文をご紹介しておきます。Erin Meyeは自身が世界各国の人々と接する中で異文化間マネジメントを研究する中、8つの指標を持った分布モデルを生み出しました。そしてそれぞれの指標に対する相対的な位置関係をマップに示したものがカルチャーマップと呼ばれるものです。
その8つの指標とは以下のとおりです。
1 Communicating: low-context vs high-context
2 Evaluating: direct negative feedback vs indirect negative feedback
3 Persuading: principles-first vs applications-first
4 Leading: egalitarian vs hierarchical
5 Deciding: consensual vs top-down
6 Trusting: task-based vs relationship-based
7 Disagreeing: confrontational vs avoids confrontation
8 Scheduling: linear-time vs flexible-time
第一番目にハイコンテクスト、ローコンテクストが指標として挙げられていますね。この8つの指標というのは人がコミュニティの中でどのような考えを持ちどのような行動を取るかを理解するうえでのとても有用なツールとして広く活用されています。論文の内容についてはご興味ありましたらどうぞ下記出典元からご覧になってみてください。
コミュニケーションにおける文化的相違日本人の異文化認識とErin MeyerによるThe Culture Mapとの比較
出典元
CiNii(NII学術情報ナビゲータ)
また、Erin Meye氏によるカルチャーマップについては以下の英語記事でも簡単にまとめられていますのでご紹介しておきます。ドイツ人である筆者の視点から具体的で分かりやすい異文化間コミュニケーションについての記事となっています。
Read between the Lines: Understanding Cultural Differences in a Global Age
ビジネス・経済アナリストとして様々な国の人々と接してきた記事筆者自身の経験を基に書かれたものですが、色々な判断をする際にカルチャーマップの存在が欠かせなかったと述べています。Cross culural communicationの基本はまず自分自身で体験し自分で考えることだと思います。その際できるだけ偏りがなく俯瞰して物事を見たり考えたりすることができるようこうしたカルチャーマップのようなツールを有効に活用することが大切なんですね。これは何も外国人に限ったことではなく日本人同士の社会においても様々な考え、意見、またギャップに対しどのように捉え前向きに対処していけばいいかを考える際にも大変参考になるのではないかと思います。
さて、いかがでしたでしょうか。今回はやや堅苦しい?お話になってしまいましたが、何かのご参考にでもなることがありましたら大変ありがたいことと存じます、、、というややハイコンテクストな締めくくり方で終わらせていただきます。