~このコーナーでは言葉や文化の違いをテーマとして世界で起こっている興味深いニュース 記事をピックアップしていきます。~
‘otaku’ は”geek”? or ”nerd”?
皆さんは昨年12月に横浜・山下ふ頭に登場した実物大ガンダムのニュースはご存知でしょうか?筆者はこのニュースを見て思わず「オタクの底力はすごいなぁ」と感心してしまいました。ほんと、すごいですよ。ネットでもたくさんアップされていますのでもしまだご覧になってなかったらぜひチェックしてみてください。そして思わず出たこの”オタク”という言葉、すっかり”otaku”として海を越えて使われていますが、果たしてどんな意味、ニュアンスで使われているのでしょうか?ということで今回はガンダムのニュースをきっかけに”otaku”という言葉を取り上げてみました。
この「ガンダムファクトリーヨコハマ」と銘打たれたプロジェクトはアニメ『機動戦士ガンダム』の原作・総監督である富野由悠季氏を中心に「実物大ガンダムを動かしたい」というかねてからの夢が実現した形となったわけですが、この”熱意”と”こだわり”こそが”オタク魂”と言えるのではないでしょうか。そしてこの実物大ガンダムは動くのですが、そこには日本の技術の粋が詰まっており、まさに”オタク魂”と”モノつくり魂”の融合の賜物ではないかと筆者は感心しきりとなった次第です。コロナ禍でなければ世界中から見学に訪れる人も多かったであろうに、残念な限りです。
さて、実物大ガンダムを作った”オタク魂”と熱く語った筆者ですが、ここで言う”オタク”という言葉にはネガティブな意味合いはありません。好きなことにとことん情熱を傾け納得いくまで妥協しない、いわばこだわりの”職人気質”と通じる意味合いで使いましたが、皆さんはどうですか?筆者と同じように”オタク”という言葉を使われる方もいらっしゃるのではありませんか。それとも”オタク”というと、秋葉原に紙袋を下げながら足繁く通う男性たちやアニメキャラやアイドルを追っかけるイメージ、はたまた家にこもってひたすらゲームの世界に浸りこむ?そんなイメージが強いでしょうか。このイメージは”オタク”という言葉が生まれた当時のネガティブな印象を引きずっていると思われますが、このように”オタク”という言葉は社会の中で未だ流動的で確固たる地位を得ておらず、言葉として発展途上の段階にあると言えるかと思います。
筆者の解釈でいう”オタク”とは「関心のない人から見れば取るに足らぬことであっても自分が好きなモノ・コトに対して並々ならぬこだわりと情熱を持って自分が思う完璧さを求める人、またその気質」とでも言いましょうか。そして世間の評判やお金儲け、といったいわゆる富と名誉にはそれほど興味がなく自分だけが持つ「こだわり」に「こだわる」ことが”オタク”の自尊心で、そこには日本人に特に顕著に見られる気質風土があるのではないかと思っています。大きな野心を抱き富と名誉という成功を夢見る”アメリカンドリーム”とは対極をなすような気質と言えるのではないでしょうか。例えば毎年発表されるノーベル賞ですが、日本人で受賞されるのは天才的なひらめきや華やかな偉業を成し遂げたというよりも、一見地味と見られるような研究や実験にコツコツとひたむきに労力を注いできた方々が多く受賞されているように思います。日本人のオタク気質風土はこんなところにも表れているのではないかと思うのですが、皆さんはどう思われますか?
さて、筆者の”オタク”論はこれぐらいにしておいて、この”otaku”という言葉が海外でどのように解釈され、また使われているのか本題に戻りたいと思います。
“Otaku”を英語で説明するとき”geek”あるいは”nerd”という言葉がよく使われます。単純に辞書上の意味を見ただけでは「変人」「まぬけ」「社会性のない不気味な人」等といったかなりネガティブな意味が多く見られます。果たしてこれが現在実際に使われている意味と一致しているのでしょうか。そこで今実際使われている生きた言葉の意味を知りたいと思いあれこれ見ていたところいいサイトを見つけました。
ではこの場を借りて言語学習にも役立つこの便利なサイトをご紹介しておきます。例えば”geek”という言葉が実際どのように使われているか知りたいとき、”geek”と入力するだけでYouTube動画から自動的にその言葉が使われている場面をピックアップし次々と紹介してくれるのです。
こちらがそのサイトです。
英語だけでなくアラビア語・中国語・オランダ語・ドイツ語・フランス語・イタリア語・ヘブライ語・韓国語・ギリシャ語・ポーランド語・ポルトガル語・ロシア語・スペイン語・トルコ語・ヘブライ語、そして驚くべきことにSign Languages(手話)まであります。辞書を引いただけでは実際の使われ方がピンとこないということはよくありますよね。そんなときこのサイトを見ると、どのような人がどのような場面で、またどのような表情で使っているかが見てとれます。言葉の持つ温度感を知ることができ、言語学習者にとって大変有効なツールではないかと思います。ご存知でなかったらぜひご覧になってみてください。
それでは早速このYouGlishで”otaku”, ”geek”, “nerd”という言葉をざっと見ていきたいと思います。
まずそれぞれの検索数を比べてみたところ、”otaku”が60件、 ”geek”が2,230件、 “nerd”が2,615件でした。やはり”otaku”は日本由来の特殊な言葉としてまだ使用される場面は限られており、使用頻度から言えば ”geek”や “nerd”よりかなり少なくなっています。また ”nerd”の方が”geek”より若干使われる頻度が多いことも分かりました。あくまでもこのサイトによる筆者が検索した時点での数ですのでひとつの目安としてご判断いただければと思います。
“Otaku”という言葉が使われるのは圧倒的に個人からの発信、いわゆる自ら「オタク」を自認する人々からの発信が多く、その分野もアニメ、コスプレといった日本発祥のサブカルチャーからくるところが目立ちますが、サブカルチャーにとどまらず”otaku”をひとつの文化としてあらゆる分野に言及して使用されている場面も多く見られました。そこにはネガティブなイメージはほとんど感じられませんでした。
次に”geek”ですが、この言葉は、tech geek, medical geek, sciences geek, space geek, language geek, plane geekなどと様々なジャンルに亘りその専門家、研究者が自らのことを称する場面で多く使われていました。”geek”というのはより専門的で技術的であり、自分が”geek”であることに誇りを持っていることが感じられその意味においてネガティブさはありません。また”geek out”という動詞でもよく使われており、いわゆる”ハマる” “オタクになる”という感じですね。
ネガティブな意味で使われるケースもなくはありません。”geeky kids”であった自分は小さい頃孤立していた、と回顧する場面などが見られましたが、だからと言って”geek”を否定しているのではなく、やはりそこには自分の”geek”としてこだわりを持つ誇りが感じられました。
一番使用頻度が多く検索された“nerd”は、”I’m a massive Harry Potter nerd”, “foot ball nerd”, “a pop culture nerd”などというように、”geek”よりも個人的に”ハマっている”そのものにより特化されて使われているようです。日本語の”オタク”により近いのは”nerd”のようです。元々”nerd”の英語の意味としては人格に関わるネガティブな響きが強いのですが、この検索でも”I was a fat nerd on that show…”, “I knew what it meant to be a fat little kid and a fat little math nerd loving math…”などと自嘲気味に表現されるケースが多く見られました。だからといってやはり”nerd”であることを全否定するようなものではありません。何かに夢中になる力を”nerd power”とも表現し、前向きに捉えられている場面が多く見られました。
日本でもネクラで不気味というかなりネガティブだった”おたく”というひらがな時代を経て今のカタカナ”オタク”へとその意味も変遷してきたと思われます。同様に”geek”や”nerd”も近年では日本語の”otaku”から影響を受けて新しい意味、価値観、概念が生まれているのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
”otaku”, ”geek”, “nerd”の言葉としての変遷の経緯が紹介されている辞書サイトの記事がありましたのでご紹介します。
What does ‘otaku’ really mean?
記事の最初を抜粋しますと
Otaku is a word we have been watching for a few years now. The term illustrates some of the difficulties in adding recent and specialized items of vocabulary to a dictionary, as it has shifted meaning and register over the last few decades to such an extent that establishing a precise definition is problematic. As scholar Yuji Sone wrote in an article for Cultural Studies Review in 2014 “It is a complex and elusive term that addresses varied practices and fandom-related activities.”
とあり、まさに”otaku”という言葉が近年登場しその後時代とともに変遷する途上にあると述べられています。
また、”geek”という言葉もネガティブなイメージからポジティブなイメージに変わってきていることが以下の文章から伺えます。
geek. This word, which has in recent decades shifted its meaning from “a person often of an intellectual bent who is disliked” to “an enthusiast or expert especially in a technological field or activity”
また、さらに時代を遡ると見世物などの興行に登場する奇人変人といった意味で使われていたことが述べられており大変興味深いです。
この記事で述べられているように言葉は刻々と変化している生き物です。”geek”, “nerd”といった古くからある言葉も時代とともに変遷し、そして新たな”otaku”という言葉が新たな価値観をもたらしたことでさらに影響を受け現代において変化を続けている最中にあるのではないかと思います。
さて最後に”otaku”という概念が単なるサブカルチャーや個人の趣味の域を越えて実業界で新たな概念をもたらす言葉として述べられている講演がTEDにありましたのでご紹介します。
これは2003年の講演ですが、すでに”otaku”は単にお互いを「おたく」と呼び合っていた偏狭なサブカルチャーの言葉、ごく限られたコミュニティ間の言葉のイメージから脱却して、マーケティング戦略における強力なツールとして表舞台に登場させています。
講演から”otaku”に対する論者の思いが触れられている箇所を抜粋しますと
“These are the people who are obsessed with something. And when you talk to them, they’ll listen, because they like listening… they’ll tell their friends… and it’ll spread… They have something I call “otaku” — it’s a great Japanese word… It describes the desire of someone who’s obsessed to say.”
などというように表現され、”average products for average people”のマスマーケティングから”remarkable”なものを”spread”する”geeky”な存在、”otaku”的な存在に焦点をあてるマーケティング戦略が述べられています。
時代の変遷とともに”otaku”の持つ意味は確実に進化しているようです。そしてこのように”otaku”について熱く語る筆者も少なからずオタク気質を備えているのかもしれません。皆さんもご自分の”オタク”度、結構思い当たるところありませんか?
では、今回のお話はこれぐらいで終わりとさせていただきます。