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Mother Gooseの世界 そのよん ロンドン・ブリッジ(London Bridge is falling down)
さて、マザーグースの世界をご紹介して四回目となりましたが、今回はこれもまた誰もがそのメロディだけでも聞いたことがあるのではないでしょうか、『ロンドン・ブリッジ』です。
18世紀には子どもたちの遊び唄として出来上がったようです。二人が向かい合って手をつないでアーチを作りその中を他の子どもたちが歌いながらくぐり抜け、唄の各節の切れ間でちょうどアーチにいた子どもが捕まり輪から抜けていくというような遊びです。日本のわらべ歌『通りゃんせ』ともよく似ていますね。親しみやすいメロディと各節の最後の”My fair lady”のリフレインが頭に残り、世界中で親しまれている唄です。
ちなみに日本に広まったのは戦後進駐軍の兵士たちが覚えたての日本語をロンドン・ブリッジのメロディにのせて歌っていたのを聞いた日本人によるという説もあるそうですよ。
原題は”London Bridge is falling down.” 古い版には”London Bridge is broken down.”ともあります。原題が示すとおりロンドン橋は洪水や火事、戦争などで何度も崩れては架け直されてきた歴史があり歌詞にその様子が色濃く表現されているのが大変興味深いところです。
とても長い歌詞なのでまずは前半部分だけご紹介します。歌詞は色々なバリエーションで語り継がれているので以下は代表的な一つと捉えてください。
London Bridge is falling down,
Falling down, falling down.
London Bridge is falling down,
My fair lady.
Build it up with wood and clay,
Wood and clay, wood and clay,
Build it up with wood and clay,
My fair lady.
Wood and clay will wash away,
Wash away, wash away,
Wood and clay will wash away,
My fair lady.
Build it up with bricks and mortar,
Bricks and mortar, bricks and mortar,
Build it up with bricks and mortar,
My fair lady.
Bricks and mortar will not stay,
Will not stay, will not stay,
Bricks and mortar will not stay,
My fair lady.
下線で印しておきましたが、ロンドン橋が次から次へと色々な材料で造られてきた経緯が歌われていることがわかります。その都度”My fair lady.”という謎のリフレインがされていますが、これには何の意味があるのでしょうか?
この後もまだ続きます。”iron and steel”で作ったら曲がってしまった、”silver and gold”で作ったら盗まれてしまうと造っては壊れるを繰り返します。
そして最後、唄はこのように締めくくられます。
Set a man to watch all night,
Watch all night, watch all night,
Set a man to watch all night,
My fair lady.
Suppose the man should fall asleep,
Fall asleep, fall asleep,
Suppose the man should fall asleep,
My fair lady.
Give him a pipe to smoke all night,
Smoke all night, smoke all night,
Give him a pipe to smoke all night,
My fair lady.
見張り番の男を置いたとあり、男が眠ってしまわないようにひと晩中タバコを吸えるようパイプを与えようじゃないかと歌っています。
橋を造るための色々な材料が出てきて最後に人間?どういうこと?と思ってしまいますが、ここら辺から『ロンドン・ブリッジ』のちょっとおどろおどろした一面が見えてくるようです。
そこでこの唄の背景を紐解いていきますと、イギリスに限ったことではありませんが、古代より橋を建造する際人柱をたてていたという人類の歴史があります。日本でもそのような風習があったと言われていますが、ロンドン橋もそうした多くの言い伝えが残っており、また実際に人骨が発掘されたという記録もあるようです。その背景を知って改めて唄を読むと見張り番の男を置いたという歌詞にも人柱が暗示されているように思えます。子どもたちの唄遊びでも各節で捕まって抜けていくというところなど、どこか人柱となる犠牲者選びを連想させなくもないですね。
そしてその犠牲者として捕まるときにリフレインされる謎の”My fair lady” ですが、これも10世紀から12世紀の木造の橋だったころ何度も流失、焼失を繰り返していたなか、人柱として「きれいな乙女」が犠牲になったことからきているのではないかという説があります。そうなってくると子どもの無邪気な遊び唄というだけの単純なものではない唄の背景に潜む社会情勢、人々の営みを色濃く反映したマザーグースの奥深さを感じずにはいられません。
”My fair lady”と言えばオードリー・ヘップバーン主演の名作ミュージカルを思い浮かべますが、『ロンドン・ブリッジ』の”My fair lady”から引用されたのは明らかです。”My fair lady”と聞いただけで美しい女性を連想させるのはもちろんですが、文化や歴史背景を含めたロンドンという舞台そのものを大きな意味で連想させてくれる力があるようです。
映画”My Fair Lady”では『ロンドン・ブリッジ』の唄そのものは登場せずタイトルだけにそのインパクトが利用されましたが、『ロンドン・ブリッジ』の楽しいメロディーからくる明るいイメージと、橋が何度となく崩落しては架け直されてきた歴史、そしてその背景に潜む人柱の暗いイメージ、この二つのイメージで様々な映画シーンでも取り上げられているようです。
暗いイメージを引用した映画として皆さんもよくご存知の1939年のアメリカ映画『風と共にさりぬ(Gone with the Wind)』の例がよく挙げられます。
スカーレットといさかいの絶えない夫レットが娘のボニーを連れてイギリスへ旅行しようとする場面です。
RHETT : Bonnie, I’m going to take you on a long trip to Fairyland.
BONNIE : Where? Where?
RHETT : I’m going to show you the Tower of London where the little Princes
were…and London Bridge…
BONNIE : London Bridge? Will it be falling down?
RHETT : Well, it will if you want it to, darling.
ロンドンのあるイギリスをFairylandと言いお姫様がいるんだよと言っているあたり荒野を切り開いてきたアメリカ開拓者たちの強いノスタルジーのような思いを感じますね。
そしてLondon Bridgeと聞いてすぐに”Will it be falling down?”と尋ねているあたり、小さな子どもにもこの唄がよく知られていることが伺えます。
ロンドンのホテルでひとり残されたボニーが窓から外を眺めるシーンで『ロンドン・ブリッジ』の唄が寂しく流れるのですが、このあと落馬してこの世を去ってしまうという彼女に降りかかる悲劇を暗示しているかのようでもあり、とても暗いイメージを醸し出しています。
最後に実際のロンドン橋の歴史を振り返ってみますが、ローマ帝国支配下にローマ人によって建造された木造の橋が最初だそうです。1209年に石造りとなり当時はこの橋の上に130あまりの家や店、教会までが立ち並んで大いに賑わっていたそうです。劇作家シェークスピアはテムズ川の北側に住んでおり、南側にあるグローブ座までこの賑やかなロンドン橋を渡っていたことになります。そんな活況を呈していたロンドン橋が1666年のロンドン大火により炎上してしまいました。この様子は1957年のディズニー短編アニメ『マザーグースのうた(The Truth About Mother Goose)』で描かれています。Youtubeで視聴できますのでご興味ある方はご覧になってみてください。
そして1831年にアーチ型の橋に替えられ戦後1967年に老朽化により撤去され現在のコンクリート製の橋になりました。撤去されたアーチ型の橋はアメリカ人実業家に買われアリゾナ州レイク・ハバスに移築されることになり地元の人たちに大いに歓迎されました。当時、新天地アメリカに住むアメリカ人にとって自分たちのルーツともなるヨーロッパ、その中でもイギリスの古い橋—しかも親しみのあるマザーグースで歌われている橋—- に対する言いようのない親しみ、精神的拠り所、あるいは誇りのようなものを感じていたのではないかと想像します。
ここでちょっとした裏話があります。イギリス、テムズ川にはたくさんの橋が架かっておりLondon Bridgeもその中の一つですが、レイク・ハバスに移築された当時のアメリカ人にとってマザーグースでお馴染みのLondon Bridgeと聞いて思い浮かべていたのはそそり立つ二つのタワーの美しさで有名なTower Bridgeだったそうです。そのため実際移築された何の変哲もないLondon Bridgeを見て非常に落胆したという逸話が残っています。それでも本物のLondon Bridgeが町にやってきて橋周辺にはイギリス風の町並みもでき10月には盛大なお祭りも開催され、アリゾナではグランド・キャニオンに次ぐ人気の観光地になっているとのことです。
なんだか行ってみたくなりませんか?
では、これくらいでロンドン・ブリッジの編、おわりにしたいと思います。
参考文献:映画の中のマザーグース( 鳥山淳子、スクリーンプレイ出版)、映画で学ぶ英語の世界(鳥山淳子、くろしお出版)、マザーグース・コレクション100(藤野紀男・夏目康子、ミネルヴァ書房)、大人になってから読むマザー・グース(加藤恭子、ジョーン・ハーヴェイ、PHP研究所)、マザーグースをたずねて(鷲津名都江、筑摩書房)、英語で読もうMother Goose(平野敬一、筑摩書房)、ファンタジーの大学(ディーエイチシー)、グリム童話より怖いマザーグースって残酷(藤野紀男、二見書房)