~このコーナーでは言葉や文化の違いをテーマとして世界で起こっている興味深いニュース 記事をピックアップしていきます。~
Onomatopoeia
「春の海 ひねもす のたりのたりかな」といういい季節になりました。ポカポカ陽気でソヨソヨ吹く風に思わずウトウトしてしまいそうですが、みなさんいかがお過ごしですか?
というわけで今回は日本語になくてはならない”オノマトペ”について取り上げてみたいと思います。
日本のアニメ文化が海外に与える影響についてこのコーナーでも度々話題になりましたが、今回注目したオノマトペも、日本のアニメと切っても切れない関係があるようです。特に日本語に興味がある外国人にとっては日本のアニメの世界にあふれているオノマトペの多様な使われ方に新鮮な驚きを持ったことと思います。そして日本語をより深く理解するにはオノマトペを避けては通れないことを実感したのではないでしょうか。
ではまずは日本のアニメで使われているオノマトペの世界を覗いてみましょう。記事はこちらです。
ここでオノマトペという言葉について簡単に説明しますと、オノマトペは古代ギリシャ語のオノマトポイーア(onomatopoiia)に由来するそうです。日本語になっている「オノマトペ」という言い方はフランス語からきています。英語ではonomatopoeiaで発音はあえてカタカナで表すと「アナマタピア」となり後半の「ピ」にアクセントを置きます。これは日本人が苦手な発音なのでフランス語風のオノマトペが採用されたのかもしれませんね。
オノマトペは「音」に対する表現方法でいわゆる擬音語、擬声語のことを言います。自然界や生活の中で聞こえる「音」を真似てよりリアルに表現しようとした言葉がオノマトペです。犬の鳴き声を日本語では「ワンワン」ですが、英語では”woof-woof”、猫の「ニャーニャー」は”meow-meow”などというのはよく知られていますね。この動物の鳴き声を真似た語という点から見ると、海外のほうがよりリアルにその鳴き声に合わせているように思います。声帯模写のように真似て表現することで言葉とは別のものとして捉えられているように思われます。それに対して日本語のワンワン、ニャーニャー、カーカー、モーモー、ブーブー、チューチューなどは言葉として形式化されており実際そのように鳴いているかはさほど重要ではないようです。ただし言葉としてきちんと存在しており、あらゆる場面であらゆる年齢層に正式に使われるところが欧米のオノマトペと異なる特徴のひとつではないかと思います。
それにしても犬や猫の泣き声そのものは万国共通のはずなのにどうして言語によって表現が違うのでしょうか。そんな記事がありましたのでご紹介しておきます。
Why do pigs oink in English, boo boo in Japanese, and nöff-nöff in Swedish?
また生き物以外の音に対する擬音語としては、爆発音の”boom”など漫画や雑誌でよく見られます。日本語だと「ボンッ」「バーン」「ドッカーン」「ガッシャーン」といったところでしょうか。”splash”は水しぶきを表現する英語のオノマトペですが、いかにもそうした音が感じられますね。
日本語のオノマトペは非常にフレキシブルでその人の感覚で創作されるものも多くあります。上記の爆発音も状況に応じて「ガッシャーン」もあり「ガラガラドッカーン」もありでその表現で人々と気持ちを共有できれば言葉として受け入れられ広く使われるようになったり、文学の世界では名作と讃えられる作品も生まれます。詩歌の世界は独創的なオノマトペの独壇場ですよね。
ふと思い浮かんだのが中原中也の『サーカス』に出てくる”ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん”です。興行が終わった夜のサーカス小屋の雰囲気と戦争がようやく終わった世の中、作者の気持ちが一体となってこの”ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん”に表現されていると思いますが、理屈では表現できないその場に漂う感覚の共有という日本語独特の世界で、日本語ネィティブではない外国人にとってこの感覚を共有するのは至難の領域に踏み込むことになりそうです。また、翻訳家にとっても頭を悩まされるのが日本語のオノマトペですね。
このように日本語のオノマトペの最大の特徴は擬音語、擬声語としてのオノマトペにとどまらず、音を出さないもの、ものごとの動作・状態・状況や人の感情・心象風景などに対して表現される言葉がとても発達しているところにあります。これはオノマトペとは区別されて擬態語、擬情語と呼ばれるものですが、以降まとめて擬態語として表現させていただきます。この擬態語の豊富さが世界の言語の中でも特筆すべき特徴となっています。「だらだらと過ごす」「胃がむかむかする」「手がべとべとになる」などというのが擬態語ですね。英語ではonomatopoieaに対してmimetic wordsとして区別されることもありますが、擬態語そのものが欧米言語で発達していないこともあってそれほど擬態語に対する明確な定義付けがされているわけでもなく、一般にはオノマトペと一緒にされているケースが多く見られます。また英語ではオノマトペや擬態語などのような表現をまとめて言語学的に”sound-symbolic forms”と呼んでいることも付け加えておきます。
オノマトペの視点から見た日本語と英語の表現方法の違いをいくつか具体例で見てみますと、日本語の「歩く」という動詞がありますが、「歩く」という動作に関わる動詞が他にあるか考えるとあまり思い浮かびません。これに対して英語では toddle, plod, wonder, totter, stagger, etc.などたくさんの動詞が挙げられます。
日本語でこれらを表現するには「歩く」という一つのコアな動詞に「よろよろ、とぼとぼ、ぶらぶら、よちよち、ふらふら、うろうろ」などの擬態語をつけて様々な歩く様子を表現します。
「泣く」という動詞も英語ではcry, wail, sob, snivel, whimper, weepなどと様々な泣く様子を表現した動詞がありますが、日本語では「わんわん、わーわー、さめざめ、しくしく、めそめそ」などという擬態語で「泣く」という一つの動詞を補います。
このように英語では色々なバリエーションを持った動作そのものを表す動詞の数が多い、というより日本語が他の言語に比べ動詞の数が少ないと言ったほうがいいのですが、その理由として日本語の音節が少ないことで動詞の数に限りがあるためそれを補う擬態語が発達したという学説も見られました。また、擬態語はひらがな、カタカナで表現され中国由来の漢字が使われることはありません。漢字で表現される基本となる動きを表す言葉に日本風土から生まれ育まれた感覚、ニュアンスを擬態語としてひらがな、カタカナで補ってきたということも言えるかと思います。
下記の学術論文はなぜsymbolic wordsが日本語を学ぶうえでとても大切か、日本の文化風土との関わりという視点からも考察された興味深い内容となっています。上記の例で挙げたように英語では動作そのものを定義する動詞が重視され、日本語は動詞よりもその動作に伴った状況を表すオノマトペのほうが豊富であることから、全体の雰囲気、いわゆるその場の空気を読むことを重視する日本独特の文化風土が関係しているのではないかという説もあり興味深く思いました。「歩く」という動作そのものよりも、どのように歩いたか、「よろよろ」歩いたのか、「とぼとぼ」歩いたのか、そちらの方により重心がいく言語文化風土があるということだと思います。英語ではどのように歩くかの区別はつけるけれども、最終的には「歩く」という動作そのものが重視されているのだということです。過程ではなく結果を重視する文化風土を感じましたが、皆さんはどう思われますか?かなり長文のレポートで音声学的見地からの検証も多く、ご興味あるところだけでもよかったら拾い読みしてみてください。
Sounds Like…: Understanding Japanese Sound Symbolism
欧米言語でオノマトペが軽視される背景には、日本語の擬態語に相当する表現がほとんどなく、「音」に対する模倣表現としてのオノマトペがあるものの、その数も日本語から比べると少なく、動物の泣き声や爆発や物がぶつかる音、水の跳ねる音、叩く音など、かなり限られています。そして動物の鳴き声などは子どもが最初に覚えるとても幼稚な言葉として捉えられ、あるいは漫画の吹き出しに見られるようなinformalな表現方法として捉えられているため、言葉としての認識レベルが一段低いところにあり、言語学者にとって研究対象となりにくいものだったのかもしれません。
ところが近年、日本のアニメも一役買って日本語のオノマトペの豊富さが改めて注目され始めています。言語学的視点からもっと活発な研究がされるようになるといいですね。
では最後に日本語学習者向けのサイトで紹介されたオノマトペについての記事をご紹介しておきます。英語学習者にとってもとても勉強になるのではないでしょうか。
76 Must-Know Japanese Onomatopoeia Words
それではオノマトペの世界を少し探ってみましたがいかがでしたでしょうか。もし頭がクラクラしてきたらボーっと外でも眺めながらボチボチお過ごしくださいね(笑)。
では今回のお話はこれで終わりとさせていただきます。