「世界のニュースから」第17号 ~Mother Gooseの世界 そのろく Hey diddle, diddle~

「世界のニュースから」第17号 ~Mother Gooseの世界 そのろく Hey diddle, diddle~

~このコーナーでは言葉や文化の違いをテーマとして世界で起こっている興味深いニュース 記事をピックアップしていきます。~

Mother Gooseの世界 そのろく Hey diddle, diddle

さて6回目となった今回は、マザーグースのナンセンス唄として最も有名でこれが載っていない絵本はまずないという英語圏の人々に広く親しまれている唄をご紹介します。

Hey diddle, diddle,
The cat and the fiddle,
The cow jumped over the moon;
The little dog laughed
To see such sport,
And the dish ran away with the spoon.

谷川俊太郎さんの訳を付けます。

えっさか ほいさ
ねこに バイオリン
めうしがつきを とびこえた
こいぬはそれみて おおわらい
そこでおさらはスプーンといっしょに おさらばさ

‘Hey diddle, diddle’には意味がなく日本語でいうところのお囃子のように拍子をとっている言葉だそうです。谷川俊太郎さんは「えっさかほいさ」と表現していますね。
‘fiddle’はviolinのことですが、一般的に弦楽器全般を指しviolinよりもくだけた言い方で気軽に演奏するイメージがあるようです。violinはイタリア語由来ですが、fiddleは古くからある英語ですので吟遊詩人や旅芸人が地方を渡り歩きながら弾いていたイメージが湧いてきますね。
diddleとfiddleで韻を踏んでいますが、diddleもfiddleもお金を騙し取るといった裏の意味もありますのでそこにもナンセンスな言葉遊びが隠されているのかもしれません。
’sport’には楽しみ、冗談、からかいといった意味もあってここでいう’such sport’は「そんな面白い光景」といったところでしょうか。
最後の’ran away’ですが、谷川俊太郎さんは’おさら’とかけ合わせたのか’おさらばさ’と訳されているのが面白いですね。英米では一般的に皿とさじが’駆け落ちした’と解釈されておりそのように訳している解説書が多く見られます。ここは翻訳ではなかなか伝わりにくいのですが、‘spoon’は’moon’と韻を踏むための言葉でこの突拍子のなさとリズム感が英語圏の人たちにはたまらない面白さとなっているようです。

16世紀のイギリスの文献ですでにこの唄への言及が見られるということですから大変古くから親しまれていたことがわかります。どんな意味を持っていつ頃発生したのかは一切不明とのことですのでマザーグースらしい唄とも言えます。以来、6行という短い詩句ですが、猫と言えばバイオリン、月と牛と言えば空を飛ぶ牛、それを見て笑う犬というイメージは子供から大人まで深く意識の中に刻み込まれているようです。
また多くの挿絵画家もこのナンセンスながらも幻想的な場面からインスピレーションを得て想像力たくましく独自の発想で様々な挿絵を残しています。

ロンドンから南西約160キロのハンプシャー州ヒントン・アドミラル村には’CAT & FIDDLE’という名のパブがあって看板にはひと目でこの唄と分かる絵が描かれているそうです。また、ロンドンの子供用品専門店『マザー・ケア』のショッピングバッグにもこの唄と絵が書かれているそうです。イギリスに限らず欧米ではレストランやお店の名前に使われている例はよく見かけるそうです。海外を訪れたときそれまで何気なく見ていた絵やデザインが実はマザーグースから来ていたんだ!というのは楽しい発見ではないでしょうか。

では、ここで韻を踏むことについて少しお話したいと思います。
マザーグースは”ナーサリー・ライム(nursery rhyme)”、『子供のための押韻詩』と言われるように韻を踏むことがとても大切です。
この‘Hey diddle, diddle’の短い詩でも’diddle’と’fiddle’、’moon’と’spoon’で韻を踏んでいます。
この韻を踏むということは耳で楽しむマザー・グースのまさに真骨頂と言えるところです。イギリスでは生まれてはじめてふれる詩がマザー・グースであると言われるほど家庭でも幼稚園でもマザー・グースが登場し、耳・口をとおしてイギリス人の血となり肉となっていきます。

日本では「読み・書き・そろばん」と言われますが、そこに「聞く・話す」が入っていないのは日本語にはそれほど音の違いを区別することに重点が置かれていなかったのかもしれません。カ行からワ行までの子音に必ずa,i,u,e,oの母音が組み合わさるという形は単純で全ての音はa,i,u,e,oのどれかで終わることになります。子音の発声も舌の位置や口の形をそれほど気にすることはありません。実際日本語のほとんどの音は舌の位置はどこにもつかず口の中で宙に浮いたままで発音されます。タ行などでは舌を上に付けてはじいて発音されますが、英語から比べるとかなりソフトです。舌の位置を意識しないであやふやに発音したとしても多分タ行だろうと聞くほうも予想がつきます。それほど音の構成が単純で厳密さがないのです。マ行は上下の唇が合わさって発せられますがこれも英語から比べるとはるかにソフトです。それほど意識して唇同士を合わせず発声したとしてもマ行の音だと相手には察しがつきます。このようなことは英語では起こり得ないようです。また英語に限らず他の言語に見られるような強い破裂音がないのも日本語の特徴です。

また、英語は一息の間に相当量のフレーズを一気に話し、この一息の間に強弱を付け語と語をリンクさせながらリズムをつけ、舌の位置、口の形、破裂音など全てこなし、息を吸ってまた次のひとまとまりの相当量のフレーズを話します。なるほど、口の筋肉が発達し肺活量も大きくなるわけですね。
この一息で相当量のフレーズを一気に話すという感覚は日本語にはありませんね。それどころか日本語はほとんど口から息が出ていることを感じない程度で話していますし、それでも十分通じるのです。音のバリエーションが少ないのであやふやな発声でも前後の関係から音を予想しやすいのだとも言われています。日本語を勉強している外国人が日本語の響きの優しい感じが好きだというのを聞くことがありますが、ここで言われる優しさとは強い破裂音がないこととこのあやふやさからくるもので、息の量の違いというものが大いに関係しているのではないかと思います。

そんな日本語で育った私たちが音の違いをとても重視する英語に接するときは根本的な発音に対する頭の切り替えが必要と思います。ところが実際の英語教育では発音についてその点が重視されないままカタカナ英語(ローマ字英語)の英語教育が続いているように思われます。どうしても英語を読むときに、日本語の全てaiueoの母音で終わるという法則に当てはめようとします。’want’を’ウォント’と言ってしまっては英語話者にはもう全く別の音になってしまいます。聞いて分かる、話して伝わる、いわゆる実用的な英語が簡単な日常会話であってもなかなか私たちに身につかない要因の一つではないかと思われます。

ちょっと話がそれてしまいましたが、韻を踏む話に戻りましょう。このように英語は音がとても大切で、その音やリズムを母親から聞き絵本をとおしてスペルと合わせて子どもたちは覚えていきます。そのさいマザーグースが欠かせない存在となっているというわけですね。そして音の響きを良くしてリズムを楽しむため、言葉の意味よりも韻を踏む音を持つ言葉が優先されて選ばれます。結果、言葉の意味は後付けとなりナンセンスな詩が生まれ、それがまた面白味を増しているというわけです。
英語のイディオムで’Without rhyme or reason’という言い方があって、「わけがわからない」ことをいいます。韻を踏んでいるか、理由があるかどちらかがあれば「わけがわかる」のです。言い換えれば理由がなくても韻を踏んでいれば「わけがわかる」ということです。それほど韻を踏むことを重要としているのです。
英米人の文化にライム(韻を踏む)がどれほど深く根ざしているかはマザーグースに限ったことではなく、誕生カードに記される言葉、子どもたちのゲームや遊び、流行歌、スポーツの応援、そして墓碑銘も多くはライムで書かれます。ライムの存在が日本人の想像をはるかに超える深いものであることを強調しておきましょう。

最後にこの唄が登場する映画の場面をご紹介します。ディズニーのアニメ映画『3匹のこぶた』Three Little Pigs(1933.US)での場面です。
3匹のこぶたは筆者も小さい頃絵本を何度も読んで記憶に残っています。確か長男の子豚はわらの家、次男の子豚は木の家、そして三男の子豚はレンガの家を作ったところ、狼からの襲撃に助かったのが三男のレンガの家だった。建てるのが大変で馬鹿にされていたけどその努力が報われるというようなお話だったように記憶しています。ディズニーのアニメでのストーリー展開は多少違うかもしれませんが、二番目の子豚が木で家を作るのは一緒のようです。
その二番目の子豚がバイオリン(Fiddle)を弾きながら歌う場面でマザーグースの’Hey diddle, diddle’が引用されています。

Second Little Pig: I built my house of sticks. I built my house of twigs. With a
hey diddle diddle, I play on the fiddle while I dance all kind
of jigs.

sticks, twigs, jigsで韻を踏んでいるのも分かります。
Youtubeでこのディズニーのアニメ動画は視聴できますのでご覧になってみてください。まさに英語のリズムを楽しむナーサリー・ライムの世界です。ちょっと一息入れて童心にかえって聞いてみるのもいいのではないでしょうか。

では、今回のお話はこれにておわりとします。

参考文献:映画の中のマザーグース( 鳥山淳子、スクリーンプレイ出版)、映画で学ぶ英語の世界(鳥山淳子、くろしお出版)、マザーグース・コレクション100(藤野紀男・夏目康子、ミネルヴァ書房)、大人になってから読むマザー・グース(加藤恭子、ジョーン・ハーヴェイ、PHP研究所)、マザーグースをたずねて(鷲津名都江、筑摩書房)、英語で読もうMother Goose(平野敬一、筑摩書房)、ファンタジーの大学(ディーエイチシー)、グリム童話より怖いマザーグースって残酷(藤野紀男、二見書房)、マザーグース1(谷川俊太郎・訳、講談社文庫)

 

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