~このコーナーでは言葉や文化の違いをテーマとして世界で起こっている興味深いニュース 記事をピックアップしていきます。~
世界の翻訳者たちが見たMurakami Haruki
昨年10月のことですが「早稲田大学国際文学館」なるものが開館されたとニュースで知りました。早稲田大学出身の村上春樹氏が膨大な資料を提供したことから「村上春樹ライブラリー」とも称されているそうです。すぐにでも行ってみたいと思ったのですがこのコロナ禍で思うにままならず、今年こそは近いうちに訪れてみたいと思っているところです。
さて、皆さんは村上春樹小説を読んだことはありますか?ノーベル賞の時期になると今年こそ文学賞は村上春樹では?と特に熱烈なファンである”Harukists”たちを中心に期待が高まり、その光景の方がニュースになるぐらいですから現在最も活躍する日本人作家の一人と言えますね。かく言う筆者もファンというにはまだほんの数冊程度の読者ですのであまり大きなことは言えませんが、独特の世界観を持つ物語に引き込まれ同じ時を過ごしているかのような不思議な感覚にとても魅力を感じています。
そして筆者にとって何よりも興味深いのは村上春樹氏が海外でも絶大な人気を得ているところです。熱烈な”Harukists”が洋の東西を問わず世界中に存在しているのです。
ということで今回はやや個人的な嗜好が優先してしまい恐縮ですが、村上春樹氏の作品が海外でどのように受け止められているのか探ってみることにしました。とは言えここは作品の是非を云々するような場ではありませんので、言葉を伝えるプロフェッショナルである翻訳者たちの視点に焦点を当てて彼らがどのように村上春樹氏の作品を捉え、またどのように自分の言葉に置き換えているのか、その様子に少しでも触れることができたらと思います。
まず筆者の趣味嗜好は置いといても、客観的に見て村上春樹氏の海外での人気ぶりは下記のBBCの記事からもお分かりいただけるかと思います。
Haruki Murakami: How a Japanese writer conquered the world
それでは早速翻訳者視点の記事をご紹介していきたいと思いますが、まずは英語の翻訳者による記事です。長文ですが、一冊の本が翻訳され出版に至る経緯や、翻訳そのもののリアルな様子が描かれており大変興味深いです。日本語のスピリットをいかに英語で表現するかという翻訳者の葛藤を知れば知るほどそれがどのように表現されているのか俄然翻訳本を読んでみようという気持ちになりました。
Inside the Intricate Translation Process for a Murakami Novel
同じく英語の翻訳者ですが、村上春樹作品の翻訳者として広く知られるJay Rubin氏のインタビュー記事をご紹介します。氏は特に日本と関わることのない環境で生まれ育ちましたが、後に日本の明治期の文学、また能の研究者となり近年では村上春樹作品の翻訳を数多く手掛けています。氏がどのように日本語に出会いまた翻訳者となっていったのか、また翻訳の醍醐味、日本文化、日本語の魅力を大いに語ってくれています。言葉を操るプロフェッショナルならではの大変興味深い内容です。インタビューはリンク先記事内のpodcastで聴くことができます。
Jay Rubin On The Art Of Literary Translation
Jay Rubin氏については他にも早稲田大学主催による村上春樹氏と親交が深いアメリカ文学翻訳者柴田元幸氏との講演記事がありましたのでよかったらご覧ください。
Renowned translators Jay Rubin and Motoyuki Shibata visit Waseda to discuss Japanese literature
次にご紹介するのは中国語の男性翻訳者による記事です。彼自身が村上春樹作品の大ファンであることがヒシヒシと伝わってくるくるユーモア溢れる文章は読んでいてとても楽しく、また実際の翻訳文も原文と一緒に紹介されていたりと翻訳の実際を垣間見ることができます。村上春樹氏は中国でも絶大な人気を誇っていますが、氏の作品が持つスタイル、リズム、美しさを中国語で一番うまく表現できているのは自分だと豪語しています(笑
中国語の分かる方、機会がありましたらぜひ読んでいただき感想をお聞きしたいものだと思わずにはいられませんでした。
What I Talk About When I Talk About Translating the Literature of Murakami Haruki
こちらの出典元では他の中国語や台湾語の翻訳家も紹介されていますのでご興味ありましたらぜひご覧になってみてください。
次にヨーロッパからはドイツ語の女性翻訳者による記事をご紹介します。ドイツでも早くから村上春樹作品が翻訳されました。日本を”はるか東の神秘の国”というレッテル付きで見ていた西洋の幻想からの脱却、これは昨今のアニメやPOPカルチャー、日本食ブームなど多角的に変化の波が押し寄せていると思いますが、文学の世界においても村上春樹作品がその大きな波となっていることは確かなようです。
Murakami and popular Japanese literature
同じくヨーロッパから最後にデンマークの記事をご紹介しておきます。こちらは村上春樹作品からインスピレーションを受けてドキュメンタリーフィルムを作ったデンマーク人男性とデンマーク語の女性翻訳者との関わりが述べられています。後半からデンマーク語の翻訳者視点で翻訳の実際が述べられています。
“Dreaming Murakami” Film: The Surreal Experience of Translating Haruki Murakami’s Novels
いかがでしたでしょうか。余談ではありますが、現在”DRIVE MY CAR”という村上春樹氏の作品が映画化され上映されています。ちょうどこの記事をアップするときにアカデミー賞の国際長編映画賞を受賞したニュースが流れ大変話題になっています。今回村上春樹氏について記事にしたのは全くの偶然だったのですが何だかひとり悦に入っている次第です(笑
この映画はチェーホフの作品が全編を大きく包み込んでいるような形をとっているのですが、中でも「ワーニャ伯父さん」という作品が重要な役割を担い、そのセリフ、proseがこれでもかというほど散りばめられています。また多言語演劇という演出形態をとっていたのですが、予備知識がまるでないまま鑑賞した筆者にとってとても新鮮な驚きを覚えました。監督の意図するところは言葉の意味するところとは違うところで通じ合う何かがあるはずだ、というところにあったのかもしれませんが、役者さんの発する北京語、韓国語、タガログ語など、たとえ意味が分からなくとも魂のこもったセリフには圧倒される力があることに感動しました。また手話も言葉のひとつとして多言語演劇に組み込まれた演出という点も注目されています。手話としての表現する力、相手に伝える力強さは言葉と変わることなく、韓国手話を演じた役者さんの技量もあってとても心打たれるものがありました。多言語演劇という演劇ジャンルがあることも「ドライブマイカー」いう映画で初めて知ることとなり得るものが多い映画となりました。
ということで今回はやや個人的嗜好に走ってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。みなさんもお好きな作家さんがいらっしゃいましたらその翻訳本を翻訳者本人の生の声を聞きながら原書と読み比べてみる、なんていうのもなんだか楽しい時の過ごし方ではないでしょうか。
では、この辺で終わりにしたいと思います。